夏の終わりに「越前ねぷた」
武生
少し前の話になります。
9月の残暑厳しい時期、武生校の正面の市役所の光景です。
毎日、夕方ごろからたくさんの人がひっきりなしに訪れていることには以前から気づいていました。
気になって、近づいて行ってみると…。
山車[だし]?
三国のお祭りで見る山車だろうか…。
さらに近づいていってみると…。
「越前ねぷた」と書かれていました。
「越前ねぷた」!
「ねぷた」といえば東北のお祭りのはずですが、福井にねぷたがあったなんて!!
「越前ねぷた」は初めて耳にする言葉でしたが、なるほど。説明パネルには、青森県黒石市の方々が制作されたと書かれていました。
越前市地域おこし協力隊に黒石市に縁のある方がいらっしゃったことが発端となり、「黒石」ねぷたの主催者の方に相談した結果、この「越前ねぷた」の制作が実現したそうです。
「黒石ねぷた」は青森県の無形民俗文化財だそうで、青森市内のねぷたには残されていない特徴がこの「黒石ねぷた」には残されているそうです。
地域によってねぷたも様々なんでしょうか。
このねぷた、ときどき回転するんです。
どこから見ても立派です。
男性のモデルとなっているのは、鎌倉幕府を倒した新田義貞[にった よしさだ]だそうです。
義貞は鎌倉幕府を倒した後、建武の新政[けんむのしんせい]を経て北朝側の足利尊氏[あしかが たかうじ]と敵対します。
越前を拠点として南朝側として活動し、最期は藤島[ふじしま]の地(現在の福井市内一部地域)にて戦死したという説が有力です。
福井市には「新田塚[にったづか]」という地名がありますよね。
後の時代に義貞の兜が発見されたとされている場所です。
本当に義貞の兜であるかどうかについては、疑問符がついているようですが…。
女性は誰なんでしょうか。
なるほど。
伝承では日本最古の和紙の生産地とされる越前の地に、和紙を作る技法をもたらしたとされる「川上御前」のようです。
ちゃんと福井と縁のある人物がモデルになっているんですね。
ちなみに、この「越前ねぷた」が展示されている場所で後ろに振り向くと、すぐそこに武生校があります。
夏らしいイベントとは縁遠かったこの夏に、珍しく夏を感じさせてくれた「越前ねぷた」でした。